「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(2017年度 基盤研究(A)課題番号︰17H00912 研究代表者 伊藤鉄也)

第8回「海外における平安文学」研究会報告(2016/06/18)

2016年度 伊藤科研 第8回研究会
日時:2016年6月18日(土)15:00〜19:00
場所:中央区京橋区民館(2階) 第3号室

6月18日(土)中央区京橋区民館にて、第8回研究会を開催しました。

■ 発表内容

・挨拶(伊藤鉄也)

・2016年度4月・5月の研究報告(淺川槙子)/科研サイトの運営報告(加々良惠子)

・2016年度の研究計画(伊藤鉄也)

・発表「スペイン語版『伊勢物語』における官職名の訳語について:「大臣」「中将」「馬の頭」を中心に」(雨野弥生)

休憩(20分)

・発表「ウルドゥー語版『源氏物語』の特徴と問題点:「桐壺」を中心に」(村上明香)

・発表「十帖源氏 桐壺の巻のウルドゥー語翻訳に関する所感」(麻田豊)

休憩(20分)

・共同討議

・諸連絡(淺川槙子)

■ 議事録

●挨拶(伊藤鉄也)
初参加者に向けての科研の紹介と今後の展開について、伊藤より説明がありました。また、参加者の簡単な自己紹介がおこなわれました。

●2016年度4月・5月の研究報告(淺川槙子)
前回の研究会からの研究成果について報告がありました。特に、継続的にエスペラント語の翻訳をおこなっている方からの連絡があったことを紹介し、正式に各国語訳『源氏物語』のリストに追加したことを報告しました。最終的に各国語に翻訳されている『源氏物語』は33言語になりました。

●科研サイトの運営報告(加々良惠子)
最近1年間のアクセス数の概況と、実装済みサービスについての説明、今後公開予定のデータについての連絡がありました。

● 2016年度の研究計画(伊藤鉄也)
以下の項目について報告がありました。
・ 各国語訳『源氏物語』訳し戻しの現況と今後の展開について
・ 今年度発行予定の『日本古典文学翻訳事典2』の作業状況について
・ 『十帖源氏』の翻訳と研究について
・ グロッサリーの研究と編纂について
・ 今後発行予定の『海外平安文学研究ジャーナル』第5号、第6号について
・ 中古文学会フリースペース、就実大学での講演・展示についてのお知らせ
・ インドでおこなわれる国際集会(11月11日〜12日)についてのお知らせ
→会場:サヒタヤアカデミー、国際交流基金ニューデリー日本文化センター
テーマ1「『十帖源氏』を多言語訳するための方法と課題」
テーマ2「研究成果報告」(デリー大・ネルー大の修士・博士取得者)
テーマ3「パネルディスカッション」

● 発表「スペイン語版『伊勢物語』における官職名の訳語について:「大臣」「中将」「馬の頭」を中心に」(雨野弥生)
スペイン語版『伊勢物語』に登場する官職名を、翻訳者別に抽出・比較した結果について報告がありました。
→辞書の編集に携わる立場からスペイン語との対応を見ていったが、一対一の対称語の一覧表にはできないことがわかった。そこから大将・中将などのスペイン語訳を比較したところ、カベサス訳がもっとも律令制の体系に一致する訳語となっており、マス訳、ソロモノフ訳は階級イメージに混乱があることがわかった。カベサスは歴史用語や実際に使用されている単語を選択しており、歴史的知識の補完もおこなっているものの、それが中南米でも通じるイメージかは不明である。また、マス訳にはマッカラ(英語版)の影響の可能性がある。
→「平安文学翻訳史年表」のデータについて発表者から質問があった。1969年にスペイン語 のカベザス訳『伊勢物語』が刊行されているとの情報が掲載されていたが、該当する本が見当 たらないとのことであった。これについて後日調べてみると、スペイン語訳ではなく、Gaston. Renondeau,Contes d’Ise : Ise monogatariというフランス語訳であった。掲載誌はConnaissance de l’Orient, 27(Collection Unesco d’œuvres représentatives,Série japonaise)で、出版社はGallimardであることがわかった。あわせて1932年に刊行されているFritz,Rumpfによるドイツ語訳『伊勢物語』のDas Ise monogatari von 1608 und sein Einfluss auf die Buchillustration des XVII. Jahrhunderts in Japanについて、この本とこの本の影印が掲載されている山本登朗著『關西大學東西學術研究所研究叢刊 43 フリッツ・ルンプと伊勢物語版本』(関西大学出版会、2013年)にも、翻訳が掲載されていないのではないかという指摘を受けた。こちらについても後日確認したところ、翻訳は掲載されていなかった。「平安文学翻訳史年表」のデータは、本科研が始動する前からの蓄積されたデータを受け継いだものであり、改めてデータの確認が重要であることが再認識された。

● 発表「ウルドゥー語版『源氏物語』の特徴と問題点:「桐壺」を中心に」(村上明香)
→日本では知られていないウルドゥー語版『源氏物語』の翻訳者についての詳しい紹介、翻訳の特徴や姿勢について報告がありました。また、ウルドゥー語の単語に置き換えられた固有名詞について、スライドを用いたインドの画像・映像の紹介がありました。
→「ウルドゥー語版では、身分を表す固有名詞には対応する語が当てられているのか」(雨野)の質問に対して以下の意見がありました。
「インドでは地域・王宮によって状況が異なっている」(村上)
「インドでは王国はひとつではなく、事物に関わる情報は現代に伝わっていない。ラバーダ(服)について、どういう位置づけであったかわからない。インドにある様々なことを総攫えすることはできていない」(麻田)
→「インドの固有語に置き換えることで、イメージが現地のものになるのでは」(村上)という疑問に対して以下の意見がありました。
「フサイン訳は読みやすく、格調高く、よどみなく読めるいい訳。連想がそこまでいかないかもしれない。私たちがそうであるように、話の筋に関心がいくのでは」(麻田)
「削ぎ落として行くことで伝えたいことが明確になる。(翻訳された)その時代にストレートに物語を伝えたことは評価できるのではないか」(須藤)
「画像を見た感じでは、渡殿はインドのものとイメージは意外と合っているのでは」(畠山)
「輦車は、ウェイリー訳では“担架”になったが、ウルドゥー語では“輿”に当てられている。映像を見た限りではそう外れていない感じがする」(淺川)
「フサイン訳はウェイリー訳にかなり忠実。イギリス人であるウェイリーが英語の固有名詞に当てたものが、インドの言葉であるウルドゥー語の固有名詞に代わり、結果、西洋よりも日本と生活圏・風俗は類似しているため、多少近くなったのかも」(村上)

● 発表「『十帖源氏』桐壺の巻のウルドゥー語翻訳に関する所感」(麻田豊)
『十帖源氏』桐壺のウルドゥー語訳(別訳)の問題点、理想的な翻訳方法についての提案がありました。
→「インド(の言葉での翻訳)における翻訳者(母語)に求められる条件とは、どういったものか」(伊藤)に対して、以下の回答がありました。
「インドについては、paRhaa-likhaa、Ahl-e zabaanが条件ではないか。話せる=書ける、ではない。高いレベルの教養人であり、言語をうまく操れる人。Ahl-e zabaanについては、インド国内では、厳密にはオールドデリーで生まれ育たないとAhl-e zabaanとは言い難いという位の感覚がある」(麻田)
「高いレベル日本語が理解できる各国語母語話者を見つけることが大変に難しい」(伊藤)に対して、以下の意見があった。
「インドについては、日本語よりも英語がわかる人材を探す方が容易。日→ウではなく、英→ウであれば、人材の問題はかなり解決できるのでは」(麻田)

● 諸連絡(淺川槙子)
終了時間が迫っていたため、配布資料を閲覧していただくのにとどめました。
なお、研究会終了後に、『海外平安文学研究ジャーナル』に公開中の『十帖源氏』「桐壺」現代語訳にある、「中国でもこういう恋愛関係が原因となって、世も乱れ、とんでもないことにもなったと、世間の人もおもしろくない気がして、人々の悩みの種にもなり、」の一文が抜けているとの指摘を麻田先生からいただきました。後日、確認の上、訂正することになりました。

 

今回の発表内容についてはジャーナル5号以降に掲載予定です。

次回の研究会は12月を予定しています(於:京都)。

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