研究と成果目的 / 意義 / 概要
はじめに〜海外翻訳文学の中の平安文学
この研究は、日本で平安時代の文学を研究する者が、海外の研究者と協力して実現するものです。海外を視野に入れた、平安文学を中心とする研究情報の総合的な調査を踏まえ、海外における日本古典文学の受容と研究の歴史を総整理し、さらに発展させることを目標としています。また、今までの研究成果の1つ、江戸時代の縮約版『源氏物語』である『十帖源氏』の多国語翻訳を進めることで、海外で日本文化が変容して伝えられていく様子と文化の理解についての共同研究も展開します。
日本古典文学の中でも、特に『源氏物語』を中心とした平安文学の研究は、日本国内外において精力的に行われています。しかし、一部の研究者が個人的な交流の中で得た情報に留まっているのが現実であり、海外の研究に関する情報を国内外の研究者間で共有することはできていません。また海外においても、研究状況の把握は充分になされていません。それでも、平安文学に限って見ると、資料と情報に遺漏が多いのです。こういった状況をふまえて作成した、『源氏物語』翻訳史年表および「平安文学翻訳史年表」を運用し、翻訳された『源氏物語』と平安文学について可能なかぎりの情報収集につとめています。
本研究では、世界各国における日本古典文学に関する実態調査(研究機関・研究者・研究成果・翻訳書等)に基づき、受容と研究の歴史を総合的に整理します。それと共に、『十帖源氏』の多言語翻訳と研究を踏まえて、日本文化の海外における変容を共同研究のテーマとします。これは、ホームページ「海外平安情報」、オープンアクセスの電子版報告書である『海外平安文学研究ジャーナル』および、当該研究期間内に実施する国際日本文学研究交流集会(講演・シンポジウム・研究発表)で確認し、推進していくものです。具体的には、調査・研究・翻訳・編纂に関する活動を通して、情報交換をする中で研究成果を集約し、さらに発展していくことになります。
研究の背景〜多言語で楽しまれる時代を受けて
1. 国内外での研究動向及び位置づけ
世界文学の中に位置づけられる日本文学は、今や、多言語によって理解される時代となりました。国連公用語はもちろんのこと、話者が少ない言語でも翻訳される時代となりました。日本文学へのさらなる理解と研究において、この研究は、『源氏物語』および数多くの平安文学作品を仲立ちとして、各国との文化交流の上で重要な役割を果たすものになると確信しています。ここで創出・収集し整理する情報群は、日本文学の本質理解への多面的な刺激と具体的な方策を与え、今後の海外における日本文学研究の基盤整備となり指針となるはずです。
これまでに、安永尚志氏(国文学研究資料館名誉教授)による「国際コラボレーションによる日本文学研究資料情報の組織化と発信」(科学研究費基盤研究(S)、2001年〜2005年)の成果として、「日本文学国際共同研究データベース」が国文学研究資料館から公開されています。このコンテンツは、圧倒的に情報量の多いイタリアとフランスの日本文学関係の情報に特筆すべきものがあります。この中で、インドに関しては本研究代表者・伊藤鉄也が担当しました。しかし、研究期間の終了以後、情報の更新は行われていません。2005年以降の最新情報によってさらに拡大し、再編集する必要があることから、2013年度に採択された基盤研究(A)では、『源氏物語』翻訳史年表および「平安文学翻訳史年表」を作成し、翻訳された『源氏物語』と平安文学についての情報を日々更新してきました。
本研究では、上記のデータベースを十分に活用し、日本文学の中でも『源氏物語』を中心とする平安文学作品を中心に取り組んでいきます。
2. 着想に至った経緯
昨今、書籍の流通やSNSの驚異的な発達にともない、諸外国の数多くの研究者が、日本文学に関する研究成果をあらゆる方法で積極的に発信しています。しかし、海外における日本文学研究の実状と概要を知ることは容易ではありません。一昔前よりは、その成果が確認できるとはいえ、まだまだ情報源に偏りがあるのです。研究代表者・伊藤鉄也は、文献のデータベース化と海外との共同研究に関して、2001〜2016年度までの16年間にわたって科学研究費補助金(萌芽的研究・基盤研究(B)・基盤研究(A))による支援)を受け、多くの成果を公開・公表してきました。この研究は、それを総合的に整理し発展させます。
海外の研究者との共同研究では、今までの研究に引き続き、具体的な作品として江戸時代の『十帖源氏』を取り上げます。『十帖源氏』は、江戸時代初期に成立した『源氏物語』全54巻を各巻別に平易なことばで簡約した作品です。『源氏物語』は長編小説であり、読破して翻訳するには多大な労力を伴います。それを解消すべく、分量を縮小して平易にした『十帖源氏』を素材にして、多言語翻訳を行います。現在、日本語の現代語訳を含め12言語による翻訳が進んでおり、今回はさらなる多言語での翻訳をめざします。
研究の目標と意義〜次世代の育成を見据えて
1. これまでの研究成果の発展
本研究代表者・伊藤鉄也が過去16年間で取り組んできた科研費研究の成果をふまえ、この研究期間内に次項に掲げる3点をさらに強化発展させます。従来のように海外だけではなく、日本で開催する国際日本文学研究交流集会は、重要なコラボレーションの場として機能することになると確信しています。海外における研究レベルの向上と若手研究者の育成にも貢献し、研究を通して日本文化を世界へ発信していきたいと考えております。
2. 4年間で何を明らかにするのか
本研究期間に取り組み、解明する目標は次の3点です。
- 世界各国で翻訳されている平安文学の総合的調査を実施し、各国の受容史と研究史を整理(ホームページ「海外平安情報」で情報の収集と公開)
- 江戸時代の簡約版『十帖源氏』を多国語翻訳し、日本文化の変容と理解について共同研究(電子版『海外平安文学研究ジャーナル』に成果を掲載)
- ホームページや電子ジャーナル等のメディアを活用して、研究者が情報交換をする場所を提供(上記メディアに加えて、スペインとインドなどの海外と日本で国際日本文学研究集会を開催)
いずれも、海外の研究者との共同研究を進め情報を共有することで、具体的な成果物(刊行及びウェブ公開)として結実させることになります。そして、これらをまとめる過程で、研究者のネットワークの形成も果たしていきたいと思います。
3. 本研究の特色と意義
本研究課題は、海外における日本文学研究に関して、英語のみならず、各種言語で公表されたものに対応することが特徴です。そして、外国語訳等を日本語に引き戻して、その訳し戻した情報や資料を活用して研究を推進します。多言語情報を日本語で一元化し、多角的に考察する環境を提供するのです。
外国語を日本語に訳し戻すことについては、過去の研究期間において開催された研究会で議論されてきました。さまざまは課題が山積していることも認識しています。しかし、このことにより、言語という障壁が軽減され、日本の研究者が、海外における日本文学研究の現場に参加できるようになります。
また、訳し戻しという1つの工程を経ることで、「日本語で書かれた作品を外国語で翻訳するということとは何か」という根源的な問題について考える機会になると考えております。
現状では、基礎情報であるはずの日本文学研究関連の情報の整備について、古典文学を中心に外国語に翻訳された作品および情報が大きく欠落しています。本研究は、『源氏物語』をはじめとする平安文学を中心として、海外の日本文学研究に関する情報を再構築し、さらに発展育成するという意義を持っています。
研究計画と手法〜各国の研究者とともに
1. 調査研究について
この調査研究は、次の3群で構成されています。それぞれの内容は、以下の通りです。
(1)翻訳から見た日本文化の変容(伊藤鉄也、マイケル・ワトソン、須藤圭)
各国の平安文学に関する翻訳書を整理し、それを日本語に訳し戻して基礎資料とします。翻訳を通して、日本文化が変容して伝えられていく諸相と実態を確認します。
(2)『十帖源氏』の翻訳と研究(伊藤鉄也、ラリー・ウォーカー)
日本側で作成した平易な現代語訳を活用して各国で翻訳を進めます。各国の翻訳の訳し戻しを基礎資料として、国際集会で共同討議を行います。
(3)共同研究基盤の整備(伊藤鉄也、高田智和、野本忠司)
ホームページ「海外平安情報」や電子版『海外平安文学研究ジャーナル』等のメディアを活用して、情報公開と共同研究を推進する。
この3群を4年間にわたって推進する過程で、海外の研究者との情報交換を密にし、恒常的な人的ネットワークを構築します。これは、今後につながる人的な資源の継承であり、ここに集まる情報は貴重な財産となるものです。また、日本と海外で開催する国際日本文学研究交流集会における講演・シンポジウム・研究発表の成果は、ウェブを通して情報を公開し広く共有します。
2. 計画の実行について
この計画を着実に実現するために、次の細目を4年間で実施します。
- 【調査活動】研究論文と翻訳書を調査し収集整理
コラボレーションを通して基礎資料を作成し、海外における受容と研究の諸相をまとめる。 - 【研究活動】翻訳における日本文化の変容
(1)海外で翻訳をされた平安文学を日本語に訳し戻す
『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』と『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』で確認済みの、各種言語で翻訳されているものを対象とする。
(2)翻訳の訳し戻しから日本文化の各国における移し替えの実態を研究する。 - 【翻訳活動】各国語への翻訳を通しての日本文学への理解と若手研究者の育成
(1)『十帖源氏』の多言語翻訳は各国の翻訳技術の向上が期待できる。
(2)翻訳対象言語:英語・中国語・インド語(8言語)・イタリア語・スペイン語等
(すでに研究代表者・伊藤鉄也が完成させた現代語訳を、各国の研究者・翻訳家の支援のもとに翻訳) - 【情報交換】研究者ネットワークの形成
(1) 研究者間のネットワークを形成するために調査と情報整理
(2)海外での新世代である学生たちとの情報交換 - 【成果発表】研究発表および講演・シンポジウムの開催とウェブ公開
(1) 国際日本文学研究交流集会で研究発表の場所と課題を提供し若手を育成
(2)研究情報や成果はホームページを活用して発信し共同研究態勢を構築
(3)研究成果は電子ジャーナル(毎年度発行)で公開発表する
3. 海外共同研究者について
これまで調査研究を通して、本研究に理解と協力が得られている海外共同研究者とともに研究を進めていきます。 (随時更新)